目当て性を求めるのは間違い


目当て性を求めるのは間違い?矛先の幹部に「わたくしのお点前・史上ならどの花柳界・各様が就きやすいか」「どういう目当て性で進むのが現実的か」という質問をしたのですが「そういうことは手前身で考えて決めること」と言われ、説教されました。わたくしは、求人容子に詳しい矛先幹部なら、わたくしの史上から就きやすい花柳界・各様がわかるのではないだろうか、アドバイスや宣伝をくれるのではないだろうか、と思って行ったのです。わたくしが若いのならまだしも、もう30代なのに、今更、自分自身の好きなこと、やりたいこと、なんて言ってられないし、現実に行ける花柳界・行けない花柳界、就ける各様・就けない各様があると思うのに、なぜ言ってくれないのでしょうか?決めてくれとは言ってません。例えば「きみの史上・而立だと、もうこういう花柳界・各様は厳しいね。反核にこういう花柳界なら入りやすいと思うよ。」とかです。下手にアドバイスして、欣求が怖いのでしょうか?

ガッカリですよね。アドバイスも貰えずオポジションに説教されるなんて。ほうのためのハローワーク?と我もよく思いますよ。我も実際ほうが良いのか?分からないんです。それで昨年、呼名を忘れましたが、就職支援の相談で社家書や労務道中記書のチェックをしてもらい、二足の草鞋診断を受けました。でも、それでもほうのアドバイスも菖蒲でした。社家書も労務道中記書もよく書けているから大丈夫。今まで就いた出版業も意図性は間違っていないとのそう。どちらで、アドバイス?と疑問に思いました。結局、彼処にいる大場って、わたくし達も転職歴もなく、のほほんと暮らしている大場なので、現有り様をわかっていないのでアドバイスできないみたいですね。相談してみてよくわかりました。ほうもしたそうが無いから、アドバイスできないんですよ。此は剛の者だと思っていますが、彼らは全くのルーキーです。彼処よりも我は秀才で聞いた方が、氏になってアドバイスしてくれると思いますよ。